「手のひら大化学工場」
マイクロチップに関するこんな見出しの記事が,朝日新聞(2001/11/24朝刊)一面トップに報じられました。5年間で50-60億円を投じて次世代マイクロチップの開発を産学で実施する,という内容です。分析関係の一面トップ記事というのは珍しく,驚きました。
近年国内外の数社から,マイクロチップによる電気泳動装置が発売されています。
DNAや蛋白質の分離に従来のスラブ電気泳動やキャピラリー電気泳動に替わる高速分析手法として脚光を浴びています。
マイクロチップの利点は,流路を数十μmという極細流路による微量や,多チャンネル化が容易であること,いろいろな反応を1枚のチップ上で実現できること(Lab-on-a-chip)にあると考えられます。半導体チップを思わせる数センチ角のチップサイズに凝集された流路やセルの組み合わせで,ビーカーやフラスコに替わる微小な実験室が期待されています。
マイクロチップは現在,クロマトグラフィーの領域で電気泳動として実用化されていますが,特に試料注入装置と検出系の組み込みが難しい技術であると想像されます。流路が小さいので,注入する試料も極微量でなければならないこと,検出器も流路の狭いところにセンサの光学系を配置する必要のあることなど,たいへん高度な技術が必要と考えられます。しかしこの技術が進歩するなら,分析分野において将来,省スペース,省溶媒,高感度,高速性など多くの技術革新が期待できます。
さて,マイクロチップとHPLCの関係はどうなるでしょうか。
HPLCは「高圧液体クロマトグラフィー」と呼ばれた時代もあるように,「圧力」との戦いでもあります。
マイクロチップを現行のカラムに替わるものとして考えたとき,いちばん問題となるのが接続部の耐圧性と考えられます。ガラスの流路端末に耐圧性を持たせて外部流路と接続することは容易ではありません。しかもミクロのスケールで正確に接続されなくてはなりません。また微小高圧送液ポンプも必要となります。
現在でもミクロLCの難しさがいろいろとありますから,さらに小さな構造体であるマイクロチップ技術をLCに導入するのはずいぶん先になることが予想されます。
技術は常に進歩しますから,現在困難であってもいずれ克服され,マイクロチップは新しいクロマトグラフィーの標準デバイスになるかもしれません。将来,手のひらに載るような小型のHPLCができるなら,分離分析の世界がきっと変わることでしょう。
(矢澤 到)