カラムのコラム (Columns for Columns)

 

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ODSカラムの標準化は可能でしょうか?

2004/04/23

 

 
「どこのメーカーのODSカラムを使っても同じ分離ができる」,「メーカーを換えても同じ分離を得たい」。

山のように存在するいろいろなメーカーのODSカラムの使い分けに苦労するユーザーが,「標準化されたODSカラム」を望まれることはよく理解できます。どこのメーカーのODSカラムを使っても同じ分離が得られるのであれば,メソッド開発はたいへんやりやすくなるかもしれません。このようなニーズは昔からありました。


約20年ほど前からODSカラムの標準化に関する世界的な波が何回かありました。1980年代,米国でまずそのような機運が起こりました。次に1990年代前半に日本国内でわき上がりました。その後1990年代後半にも独国で発生しました。いずれも少しだけ学会の話題になり,そしていつの間にか自然消滅しました。自然消滅の理由は,「ODSカラムの標準化」は提唱者が考えるほど簡単なことではないからです。

同じメーカーのカラムでも微妙に分離が異なることがあります。それほどODSカラムは製造管理の難しい製品です。ましてやメーカーが異なれば,同じ分離やカラム性能が実現できる可能性はほとんどありません。
もちろん,分離対象物質の数が少なく,構造が単純な場合で,保持時間や分離度にこだわらないときは「どこのODSカラムを使っても同じような分離ができる」ということはありえますが,精密分離の場合にはかなり困難と考えられます。


ODSメーカー間で差の現われる要因は以下のとおりです。

■シリカ基材の性状がメーカー間で異なる
シリカは無機系高分子物質です。低分子化合物と異なり重合度にばらつきが生じます。仮に粒子径や細孔径を規格化したとしても,粒度分布や細孔分布までも同一にすることはできません。またシリカに含まれる金属不純物の含有量や種類の違いによっても,溶出特性にかなりの差が現われる場合があります。

■表面修飾方法を同じにすることは困難
ODS官能基の導入や,エンドキャッピングの方法など,合成方法を仮に規格化したとしても,反応装置,試薬のメーカーや純度までも統一しなければ,同じ表面構造を得ることができません。

■エンプティカラムの構造も材料メーカーによって異なる
エンプティカラムの材質や構造がカラム性能の違いとなって現われることがあります。メーカーの異なるエンプティカラムを用いてまったく同じデータを得ることは困難と考えられます。

■カラム充てん方法の統一化が困難
カラム充てんには各社のノウハウがあります。弊社でも5万段という高理論段を得るための工夫があります。このようにカラム充てん作業は, カラム性能を決定づけるひとつの重要な工程でもあります。充てん装置だけでなく,使用する溶媒グレードもばらつきの要因となります。

■品質検査方法の統一化が困難
HPLCメソッドの室間再現性は,エンドユーザーでも重要なテーマです。
規格化された品質検査方法があり,バリデートされたHPLCを用いたとしても,まったく同じ保持時間や理論段数を得るためには,インジェクタや配管,時としてポンプや検出器などの環境を同じメーカーにする必要が生じます。


以上の要因をすべて標準化しようとするなら,以下のようにするしかありません。

●シリカの供給元を1社に限定する
●シリル化剤や溶媒の試薬メーカーを1社に限定する
●エンプティカラムメーカーを1社に限定する
●充てん装置メーカーを1社に限定する
●検査用HPLCメーカーを1社に限定する

原材料メーカーにはそれぞれ個性と技術力があります。カラムメーカーも同様です。ODSカラムの標準化というのは,ある特定のメーカーを指定しない限り技術的には実現困難な作業です。部品の組み合わせによるビデオやDVDの規格が各社の思惑により統一化できていないこととは異なります。
それぞれの工程のメーカーを1社に限定することで「標準化」がなされるとするなら,カラムメーカー各社は設備投資により対応できるとしても,部材や装置メーカーはそれぞれ1社独占のビジネスとなってしまいます。仮にこれを政府機関で実施することになれば,自由競争原理がくずれてしまう恐れがあります。このように,ODSカラムの標準化というのは技術的だけでなく経済的にも大きな問題を抱えることになります。

そもそも,標準化された1本のカラムですべての分離が実現できる可能性はほとんどありません。1000万種類以上存在する化学物質のすべてについて,分離はおろか保持特性ですら検証することなど不可能だからです。さらに未知物質などは,いろいろなカラムで試してみるほかはありません。
標準化を提唱する背景には,「カラムなんて分離できればいいのだから,何種類もあると使い分けが面倒だ」という単純な思いか,あるいは,再現性というカラムの製造上の重要な点や,分離特性という表面構造に関わる性質があまり理解されていないことが原因と想像されます。


「ファーストチョイス」という言葉がこの業界にはあります。分離の検討段階において最初に選択するカラムブランドのことを表わしています。ユーザーごとにこのファーストチョイスのカラムがあるのです。経験の深いユーザーは,自分のメソッドと相性の良いカラムブランドを選ぶ力を持っています。また目的に応じてブランドを使い分けるユーザーもいます。メーカーによってカラムの性質が異なる以上,ユーザーはこれらを選択する力を持つことが必要であると思われます。

世の中には実に多くのODSカラムがありますが,分析目的によって優先的にカラムを選択したり,時にはいくつかのカラムを同列に比較してみることが,現実的で日常的な使用方法であると考えられます。ユーザーにとっての「標準カラム」は,それぞれ個々に選定されるべきと思います。そして,そのブランドの普及率が高くなったときに,IBM-PC同様に「デファクトスタンダード」としての地位を獲得するのだと思います。我々カラムメーカーも,いつかは「標準的なカラム」と言っていただけるように,マーケティングの努力を怠らないようにしなけらばならないと考えています。


ひとつの分離系を確立するのに数十種類のODSカラムを検討する,強烈なカラムユーザーがいます。その人は,カラムをまったく知らないからそうするのではなく,分析のプロとして後々後悔しないために,最適なカラムを選択することが必要だと考えておられるのだと思います。カラムの作り手には繊細な職人技が要求されますが,使い手にも同様に,カラムを使い分けるプロフェッショナルなマインドが求められているように思います。

(矢澤  到)