筆者の住む京都市の西北部は,杉の林業が盛んなところです。北山地方で産出されるので一般に「北山杉」といわれ,おもに建築材料用として植林されています。紅葉で有名な右京区・高尾や栂尾を通過する国道162号線(周山街道)の両側の山には,背丈や太さ,そして木々の間隔までもが見事にそろった林が広がっています。枝打ちされた人工の杉林の光景がとても芸術的であり,積雪の北山杉の幽玄な情景は,多くの写真家に愛好される被写体でもあります。東山魁夷の絵画や川端康成の小説にも登場しています。
京都・北山地方に丸太林業地帯が栄えたのは,京都御所に献上する目的からだそうです。そういえば,周山街道に交差する通りが京都御所につながる「丸太町通」という名称であることも,何か関係があるのかもしれません。
平安時代には,北山で伐採された材木は,傍らを流れる清滝川やその下流である保津川(桂川)を通じて,平安京の造営にも利用されたそうで,その名残りからか嵐山周辺の三条通には今でも数多くの木材業者があります。
室町時代には,千利休による「茶室」や数奇屋の建築用材として「磨丸太(みがきまるた)」が盛んに生産されるようになり,桂離宮や修学院離宮にも使われたそうです。現代の数寄屋建築でも必ずといっていいほど北山杉が利用されているそうです。
この北山の杉林にも負けないくらい圧倒的な液クロ(HPLC)の「林」を目の当たりにしてきました。
先月(2004. 6),「HPLC2004」という液体クロマトグラフィー(LC)の話題を中心とした学会が米国・フィラデルフィアで開催され,筆者も発表してきました。
弊社は社歴は浅いのですが,すでに米国に関連会社をフィラデルフィアに設立しており( www.silvertonesciences.com
),北米で販売活動をしています。したがって今回のHPLC学会は,いわば地元の学会ということになります。地元ですから弊社顧客と接することも多く,会期中に近郊の企業においてインハウスセミナーを実施する機会を得ました。この企業は世界でも有数の製薬企業です。おそらく日本のメーカーでは初めてプレゼンテーションと思われます。
セミナーは好評のうちに終わり,主催者がフロアを案内してくださったとき,いままで見たこともない異様な光景に出会いました。
米国では当たり前ですが,建物の窓側に沿ってぐるりと個室が配置され,研究員は静かに研究に没頭できる環境が整っています。お決まりの家族写真も飾られていました。廊下を挟んで建物中央部分はいくつかの部屋からなっており,そこに液クロが設置されていました。
この分析研究所は新しい建物であり,おそらく設計段階で導入計画ができあがっていたであろう特別製と思しき実験台が整然と並び,電気配線用の柱が天井から何本も降りていました。実験台の上には,海外メーカーによるモジュラー型のグラジエントHPLCが縦積みされていました。通常このようなモジュールは数が多いので二列に配置するのが一般的であり,一列に積み上げるとその高さは1mくらいになります。実験台を加えると,全体の高さは大人の背丈かそれ以上になります。
この縦積み液クロが,10cm間隔に実験台にずらっと並んでいるのです。それも背中合わせに。すべて同じメーカー,同じブランドの液クロですから,デザイン的な統一感は抜群です。例えは悪いのですが,日本の墓地で,同じ色形の墓石を間隔を狭めて並べたような感じです。
その実験室を埋め尽くす液クロの数に圧倒され,主催者に質問すると,「このフロアにたぶん200台はあると思います」という答えでした。同じデザインの液クロが1フロアで200台です。この10階建てくらいの建物にはいったい何台の液クロが林立しているのでしょうか。
液クロの「林」のような光景は,整然と植林された北山杉を連想させる芸術的なものでした。液クロとつきあってから二十数年,このような光景を筆者は見たことがありません。
この企業は敷地内にざっと数えただけでも二百近くの建物があり,敷地内に生活道路が走っています。年間の研究費は数千億円で,日本の大手製薬企業の数倍といわれています。液クロだけが医薬品の開発に必要な設備ではないし,研究費が多ければ良い医薬品ができるというわけでもないでしょうが,しかし筆者が目の当たりにした液クロの林は,その企業の開発力の高さを連想させるだけでなく,医薬品開発のどのステージでも不可欠な「分析」という作業に対する意気込みを感じさせるものでした。
圧倒的なHPLCの台数と潤沢な研究開発費を誇る一方で,この企業は,弊社のように若くて小さな日本企業の製品を採用し,さらに興味をもってセミナーやディスカッションの場を与えてくださるという,おおらかさを持っています。ブランド志向に走らず,良いものを自分で見極める目を持ち,本質をつく力を持っているのだと思います。一般的に物静かな日本のセミナーとは異なり,予定時間の2倍に及ぶ白熱したディスカッションにより,分析に注ぐ情熱というものをユーザーから感じ取ることができました。
カラムを提供する立場にある者にとって,ユーザーの分離分析に対する情熱の高さは,より良い製品を提供するための刺激的なエネルギーとなります。メーカーはユーザーのチャレンジ精神に支えられているということを,改めて感じました。
ところで,液クロの「林」といえば,ODS固定相もシリカ表面にオクタデシル基の「林」が並んでいます。この林は,木と木の間隔(リガンド密度)が重要であり,物質分離に少なからず影響を与えます。そして高性能カラムを作るためには,シリカ表面に整然と植林してやることが必要です。
京都・北山の杉林を見るにつけ,我々の固定相表面も北山杉のように芸術的な整然さであってほしいという気持ちになります。
(矢澤 到)