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HPLC
カラムを設計できる立場にある人は、世界中でも限られています。そのような中で、自由に固定相設計ができる立場にあることを、私はたいへん光栄であり、またありがたいことだと感じています。
実際にカラム設計者の立場になってみて、その責任の大きさを痛感しました。
カラムは、同じ品質の製品を何十年にもわたって供給し続けなければなりません。そのためには、まず安定した品質、すなわち安定した表面構造を設計する必要があります。耐久性や再現性に乏しい固定相は、顧客の分析運用に大きな不利益をもたらします。
原材料についても、同一品質のものを長期間にわたって安定的に調達するための工夫が不可欠です。当社では、できる限り国内原材料にこだわっています。外国製原材料に依存すると、価格、供給量、純度などの品質が変動するリスクを、遠距離調達という形で抱え込むことになるからです。
一例として、私が C30 カラムを作らない理由の一つがここにあります。
当社における “Made in Japan” とは、最終製造工程の場所を指すのではなく、原材料から Made in Japan
であることを目指す、という意味です。
カラムビジネスには、ビジネスそのものの難しさもあります。
事業は利益を生まなければ継続できません。しかし、「儲かれば何をやってもかまわない」という論理は、カラムには当てはまりません。カラムビジネスには、「物質分離」という分子レベルのサイエンスが深く関わっているからです。
いわゆる損益分岐点にこだわりすぎると、「売れそうな ODS
カラム」しか開発できなくなる危険があります。物質分離の本質と、利益追求というビジネスとのバランス感覚が求められるのです。
HPLC カラムには、一般的な工業製品とは決定的な違いがあります。
一般の工業製品は、新製品やバージョンアップを繰り返すのが当たり前ですが、カラムは一度発売したら改変ができません。同じ品質のものを何十年にもわたって提供し続けなければならない宿命があります。これは、顧客の品質管理や分析法そのものが、長期間にわたって維持されるからです。
本ビジネスを立ち上げた際、親しい販売店の社長からこう言われました。
「矢澤さん、ODS カラムは市場にたくさんありますよ。それでもまだ作るのですか?」
正直なところ、少々へこみました。しかし、これから LC-MS の時代が本格的に到来し、誘導体化を行わなくても MS
検出が可能になる。そして、そのためのカラム作りが不可欠になる——そう確信していました。
「ありのままに(誘導体化せず)、正確に」という意味を込めて、Imtakt(In tact、インタクト)という社名を考えました(CC030
参照)。 そのときから、「アミノ酸の非誘導体化 LC-MS
分析カラム」というドリームがスタートしたのです。そしてその夢は、13 年後に現実となりました。Intrada
Amino Acid です。おかげさまで、現在では世界中の多くの LC-MS ユーザーに支持される製品となっています。
私がカラム設計を志すようになったきっかけは、カラムユーザーだった頃に抱いた、「物質はなぜ固定相に保持されるのだろうか」という素朴な疑問でした。
溶質と固定相の分子構造が互いに引き合う力を持っていることは理解できる。しかし、その力の正体は何なのか。さらに、普及が始まったばかりの MS-DOS
時代の PC を使って、保持の予測計算ができないだろうか、と考えました。
そして辿り着いた結論は、「どれほど溶質構造を理解しても、固定相の三次元構造が分からなければ、保持の予測は困難である」というものでした。
それならば、自分でカラム設計ができるようになれば、分子間相互作用も理解できるはずだ——そう考えて、意を決してこの業界に飛び込みました。
カラムメーカー、装置メーカーで経験を積み、ついに分子間相互作用を考慮した固定相を、自らの手で作ることができる環境に身を置くことができました。
理化学辞典では、シリカは SiO₂
と記載されています。しかし、この表記だけから、炭素化合物をどのように化学修飾するのかを、ユーザーだった当時の私は理解することができませんでした。
シリカの組成式は SiO₂ で表され、これはシリカ中のケイ素と酸素の原子比が 1 : 2 であることを示していますが、厳密には少し補足が必要です。
実際のシリカは、Si–O–Si(シロキサン)結合が連続した三次元ネットワーク構造をもつ無機固体であり、SiO₂
という表記は主として内部の骨格構造を表したものです。
一方、シリカの外表面では、架橋が途切れたケイ素原子に水酸基が結合し、Si–OH(シラノール基)が存在しています。ここでいう –OH
はアルコール性水酸基ではなく、酸性の Si–O–H
基です。この酸性のシラノール基に有機ケイ素化合物を結合させることで、炭素系の固定相が形成されます。
このような表面化学は、辞典的な説明からは読み取ることができず、カラムを使用する立場にあるだけでは理解しにくい領域でもあります。
年々、オリジナルな表面修飾法を開発していく中で、ようやく溶質と固定相の間に働く分子間相互作用を理解できるようになりました。ユーザー時代に抱いていた直感は正しく、やはりカラムを設計する立場になって初めて、物質と固定相の間に働く相互作用が見えてくるのだと、今では確信しています。
「カラムは HPLC
装置の部品にすぎない」と言う人がいますが、私はこれに賛成できません。
私の考えは、「HPLC
装置はカラムにとって不可欠な道具である」というものです。分離科学の中心は装置ではなく、カラムにあります。物質分離の本質は、固定相にあるからです。
装置メーカーを退職する際、ある装置設計者が私にこう言ってくれました。
「矢澤さんの作るカラムに合う HPLC 装置を作りたい」
カラム設計者として、これほど嬉しい餞別の言葉はありません。今でもその言葉を胸に、日々精進しています。
ユーザー時代に考えていた保持予測計算は、あまりにも難しく、いまだに実現できそうにありません。しかし当時、MS-DOS
上で必死にプログラミングしていた分子モデリングは、40 年にわたる PC の進化によって、現在では以下のように簡単に表現できるようになりました。
MOLECULES in CHROMATOGRAPHY
実際に分子モデルをいくつも作成してみると、「見た目にはよく似た化合物を、固定相はよくぞここまで識別できるものだ」と、我ながら改めて驚かされます。
つくづく、カラム設計は難しいと感じます。
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